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DIARY

▼2006/03/12 (基本的に毎週、日曜日に更新しています。)

僕らの夢、僕らの未来◎小松崎茂

前回の更新からほぼ一ヶ月。ずいぶんと時間がたってしまったものです。その間に徳間書店のパーティがあったりJリーグの開幕があったりといろいろとバタバタしていました。

まずは、ご報告から。現在、発売中の〈SFマガジン〉4月号から「SF挿絵画家の系譜」と題した連載が始まりました。 わざとらしく隠していたのはこの連載のことです。
〈SFJapan〉の「少年SFの系譜」に続く、系譜三部作の第二段です!
当初、私としては「挿絵画家の系譜」がタイトルで、サブタイトルに「日本SF戦後出版美術史」と考えていたのですが、「SF挿絵画家の系譜」ということになりました。『SF挿絵画家って何?』という気もしないでもないのですが、そのうちに慣れるでしょう。
日本SF戦後出版美術史≠ニいう幻のサブタイトルの通り、昭和、しかも戦後という時代を舞台に活躍された挿絵画家の方々を紹介していきます。
第一回目は小松崎茂先生です。
何といっても戦後のSF画は小松崎先生の時代でした。今更、私が小松崎先生を語る資格も必要もないのですが、やはり私としては小松崎先生からスタートしたかった訳です。
内容は小松崎先生のお弟子さんの根本圭助先生の著書、『異能の画家 小松崎茂』(1998年/光人社)の要約に雑誌のインタビュー記事などを引用しています。新しい情報は何もありませんが、今後もこんなスタイルで続けていきますのでよろしくお願いします。

掲載されてから次の原稿を書き出したので、月末の締め切りを一週間も延ばしてしまいました。その原稿にかかりっきりでここの更新どころではなかったのです。それも先日、ようやく終了。ひと息ついているところです。次号は武部本一郎先生です。

それから〈SFJapan〉(徳間書店)も発売中です。
「日本ジュヴナイルSF戦後出版史〜少年SFの系譜〜」の第4回は「ジュヴナイルSFにおけるジュール・ヴェルヌ」です。
パリまで行って、パリに住む日本人のジュール・ヴェルヌの研究家にインタビューしてきました。あまり知られていないヴェルヌの最新情報を書いています。今まで日本ではあまり紹介されたことのないヴェルヌの姿があります。


フランスに行く。

1月5日
7時30分の便でナントへと向かう。モンパルナスからTGVに乗り込みで約2時間で目的地のナントに到着。ナントの駅で橋本さんを探す。
今回のフランスの旅の最大の目的はジュール・ヴェルヌを追うことにあった。ナントはヴェルヌが生まれたところであり、ヴェルヌの博物館があるところだ。出来るだけ充分な取材をしたいと考えていた。しかし自分だけでは心もとない。そこでフランスに住む石橋さんがナントに友人がいるというので「その方にガイドをしてしもらえないだろうか」とあつかましくも頼んでもらった。それが橋本さんで、橋本さんは面識もない私の無理を承諾してくれて一日ガイドをしてくれることになったのだ。
だがそれらしき日本人はいない。分からないときの連絡は橋本さんの携帯電話にすることになっていたので、売店でテレフォンカードを買う。だがそのカードを公衆電話に差し込んでもビジーになってしまう。ガイドブックを開いて読んでみるとテレフォンカードには2種類あるらしい。どうも素人には使いにくい方を買ってしまったようだった。改めて普通のを買う。今度はすんなりと電話が出来て無事にコンタクトが取れた。テレフォンカードを買うのにもたついている間にすれ違っていたようだった。
まずはナントの市内を走るトラム(路面電車)」に乗ってヴェルヌが生まれた家へと向かう。乗り場には改札がない。たまに係員がチェックにくるだけらしい。無賃乗車をする人がいそうなものだが、ナントの住民はそんなことを考える人はあまりいないのだそうだ。フランスで一番、住みやすく平和な街だそうだ。しかもトラムは1時間以内ならば何度も乗り降り自由とリーズナブルだ。
ヴェルヌは1828年にロアール川が大西洋に注ぐ河口近くに浮かぶナント市フェイドー島という中洲に生まれた。島は埋め立てられ島ではなくなっているが家は当時のまま残っている。入り口にプレートがありヴェルヌが生まれた場所であることを示している。今は当然、関係のない人が住んでいる。ナントは18世紀には貿易で栄えた。フェイドー島にはお金持ちが住んでいて華やかな壁面彫刻や凝ったデザインの窓枠などのアパルトマンが残っている。しかし埋め立てによる地盤沈下で家が傾いている。という話は橋本さんの受け入り。
ヴェルヌの家のすぐそばに観光案内でナントの地図とヴェルヌにまつわる史跡めぐりのマップをもらう。 ナントは「ナントの勅令を公布した地としても名高い」という説明が一般的。「ブルターニュ大公城」「サン・ピエール・サン・ポール大聖堂」が観光地として有名だそうだがそこら辺は無視。
ここからヴェルヌのもうひとつの家、洗礼を受けたサント・クロワ教会(この教会は両親が結婚式をあげた場所でもある)、物語に登場する教会、通った中学校のサン・スタニスラス学校、ヴェヌル博物館、シャントネーの別荘、クレマンソー高校を回ることにする。
いくつかは史跡めぐりのマップには載っていない。ヴェルヌに詳しい橋本さんだから案内してもらえるわけだ。
サン・スタニスラス学校でちょっとしたハプニングがあった。門の前だけではなく中も見てみたいということになり、入り口にある学校の事務所にひと声かけることになった。じっくりと見学したかったわけではなく、ほんとうにチラッと見たかっただけなのだが、まず事務所の人が何を勘違いしたのか要領が得ない。結局、校長に許可を取ってほしいと大事になってしまう。そこまでしたかったわけではないのだけど、と恐る恐る校長室に行くと、人の良い校長が迎えてくれて、とても歓迎してくれたのだ。ついでに校長の写真を撮らせていただく。帰りには学校の歴史を書いた本をプレゼントしてくれた。ヴェルヌのことも書かれている。後で校長にサインを貰えばよかったと後悔する。
そうこうしている内にお昼。ヴェルヌ博物館の開館時間は10:00〜12:00と14:00〜18:00。2時間もお昼休みがある。この間に我々もランチを取ることにする。橋本さんのお勧めのレストランに行く。歴史的に有名な商店街、パッサージュ・ポムレイを抜け、何本かの道を曲がり、自分ではどこかさっぱりとわからない通りにある「Le Bistrot de IEcrivain」へ。日本テイストの料理で抜群にうまい。ここで橋本さん自身のことを聞く。橋本さんはナント大学で19世紀の犯罪学について研究されているとのこと。いろいろ興味深いお話を伺えた。
午後はヴェルヌ博物館へ。今回の旅の目的地。生誕150周年を記念して開設され、今回、没後100年を記念してリニューアルが行われ2005年の10月にオープンしたばかり。地下3階建ての博物館を堪能し、お土産に草稿のレプリカを購入。館内は撮影禁止だったけど入り口だけなら写真を撮ってもいいかを受付の女性に橋本さんから聞いてもらう。沢山のお土産を買ったことに気を良くしたのか「いい」との返事。そして営業スマイル。私ならいくらでも写真を撮ってもいいわよということだったらしい。
そこからさらにコラリー号事件で有名なシャントネーの別荘に行く。外観の写真を撮っていると中から人が出てくる。このままでは単なる変な人だ。またまた橋本さんにお願いして事情を説明してもらう。家の人は快く了解。
バスに乗って今度はヴェルヌが通ったクレマンソー高校へ。ここでは中に入らずに外から眺めただけ。そこからすぐそばのヴェルヌも来たであろう植物園に入りヴェルヌの銅像を見る。植物園を抜けるとナントの駅。丁度、ヴェルヌの成長過程にあわせた回り方となりとても充実した取材となった。駅の前のカフェでココアを飲む。フランス語なんてまるっきし駄目な私にとても完璧なガイドをしてくれた橋本さんに感謝しつつ、別れてパリへと戻る。

つづく・・・。




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