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「SF挿絵画家の系譜」
第12回「冒険、愛、友情◎山川惣治」執筆。
2008年は山川惣治の生誕百年の記念すべき年です。大橋の個人的な生誕百年プロジェクトのひとつです。いろいろ資料を見たのですが、山川先生のプロフィールも不完全なものが多いですね。とにかく、もう一度、じっくり調べなおさないと、と思っています。
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「SF挿絵画家の系譜」
第11回「ユーモアヤング◎祐天寺三郎」執筆。
祐天寺先生は私が小学生のころの憧れの方です。大人になってお会いできるようになるなんて、夢にも思っていませんでした。次の夢は一緒にお仕事をさせていただくことですね。そうできるように頑張らなければ。
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「SF挿絵画家の系譜」
第10回「怪人と美女と美少年◎石原豪人(後編)」執筆。
後編はご長男へのインタビューがメインです。ご遺族のお話から豪人氏のお人柄が伝わればと思います。
ご自宅には画材が残されています。何を使われていたのかを書こうと思ったのですが、確認するのを忘れました。すみません。また、お宅にお邪魔する予定なのでもう少し絵に関することを調べておきます。
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「SF挿絵画家の系譜」
第9回「怪人と美女と美少年◎石原豪人(前編)」執筆。
豪人は実はSFを描いていないですよね(SMは多いですが。笑)。もちろん雑誌でそれらしいのは沢山描いています。でも、早川とか創元などの文庫はおろか児童図書のSFすら描いていない。不思議な気がします。
今回、編集・中村圭子『石原豪人』(河出書房新社)を参考にさせて頂きました。参考というか、ほとんど丸写し。申し訳ない。でも出身の中学校の名前がなかったのでそれは書いておきました。ちょっとは仕事しています。
あと、少しだけ腑に落ちないことがありました。それは豪人が上京した年です。
『石原豪人』では昭和22年となっているのですが、『箆棒な人々』(太田出版)で、豪人自ら「昭和23年(略)翌年の4月に上京」と語っています。ですから、昭和24年になります。また『謎とき・坊ちゃん』(飛鳥新社)では「昭和23年上京」とあります。いろいろ食い違っています。
中村さんは、高校の学生証が残っていたので、それで判断されたようです。
それで私も豪人宅にお邪魔させて頂き、学生証を拝見させて頂きました。あまり時間がなかったのでサクッとしか確認できなかったのですが、4年生の学生証で昭和25年4月と書かれていました。
多分、中村さんはこの学生証を見て、22年に入学したと判断されたのかなと思います。でも、私は高校へは中途入学ではないかと思うのです。それで25年か、その前年の24年の上京ではないかと思ったので24年としました。この件については今後、きちんと調べたいと思っています。
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「SF挿絵画家の系譜」
第8回「怪獣地帯◎伊藤展安」執筆。
伊藤展安先生といっても、ほとんどの方には馴染みはないでしょう。南村喬之先生はまだ画集が出ているから通じるかもしれない、けれど展安先生は画集も出ていませんからね〜。でも、画集が出ていない先生方を紹介していくのもこの記事の目的ですから。はい。
「怪獣地帯」という見出しは『宇宙怪獣ゾーン』から。本当は『地球生まれの銀河人』を使うつもりだったのだけど、「それだけはいや」とのことだったので。悪い絵じゃないんですけどね〜。
さて、話は展安先生に戻ります。展安先生は面倒みが良くて気さくで明るくて楽しい先生です。日本出版美術家連盟ではなく日本児童出版美術家連盟に属されています。だから余計に知られていないのかもしれません。日本児童出版美術家連盟、略して童美連では著作権運動で活躍されています。取材に行った時も話の半分は著作権のこと。家にお邪魔すると決まって「呑むでしょ?」となります。奥様に悪いな〜と思いつつ、ご馳走になります。ホント、申し訳ない。
呑みながら自転車旅行の話とか原稿を書くのには必要のないバカ話ばかり(笑)。だから、いざ、原稿を書こうとしてテープを聞き直したら使えるところがない!!(笑) で、あんな内容になってしまいました。反応してくれるのはNaoKatohさんだけでしょう。
今度、また、行って絵のことを聞こうと、いや、呑みに行く訳じゃなくて、真面目に取材に行こうと、でも、出されたら呑むだろうけど、そこはそれで、行こうと思っています。
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「SF挿絵画家の系譜」
第7回「原色の咆哮◎南村喬之」執筆。
毎回、見出しには悩んでいます。今回の見出し「原色の咆哮」は、南村先生の画集『咆哮の世紀』へのオマージュです。
南村先生は亡くなられているため、『咆哮の世紀』しか資料がありません。そこに書かれていることを確認しながら、亡くなられていると言うことを書くのが目的でした。
個人的には「日本通信美術学園」さんのことを調べて書けたのが嬉しかったです。「日本通信美術学園」さんに関係している磐前半五郎の『はだかの採点 正続2冊』という本もネット古書店から購入しました。残念ながら参考になることは書かれていませんでしたが、でも、一応、そんな本も買って見てはいるのですよ、とひとこと。単に『咆哮の世紀』を丸写しした訳ではないのです。
だけど、亡くなられたのは平成九年であるということ以外、詳しいことがわかりません。奥様のお名前とか、知りたかったことはまったく不明。ん〜、なんとかならないかな、この状況。
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「SF挿絵画家の系譜」
第6回「美しく力強い肉体◎柳柊二(後編)」執筆。
前後編の2回に別けたその後編です。ご結婚のなれそめとか、お亡くなりになる時の事とか、まあ、ほとんどの方には興味のない、どうでもよいような話がてんこもりです。絵については何も触れていません。この連載では話を作ったり、思い込みで書くのはやめよう、なるべく事実だけを書こう、としているので、あんな感じになります。
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「SF挿絵画家の系譜」
第5回「美しく力強い肉体◎柳柊二(前編)」執筆。
原稿用紙が一枚、原稿用紙が二枚、原稿用紙が三枚・・・、ああ、七枚しか入らない・・・。というのは怪談ではなくて〈SFマガジン〉の連載の話。
たしかにプロフィールを追うだけで文字数がいっぱいいっぱいなのです。あちらこちらから「ページ数が少なすぎる」と言われているし、編集部からも「ひとりを1回じゃなくて、2回に分けることは出来ないか」と提案を頂いたので、今回、柳柊二先生の紹介は2回に分けてみました。が、正直、間延びしているのでは? と不安だったりします。後編はもっと間延びします。今後も「一回では少ない」という方の場合のみ2回にします。毎回ではありません。取材は毎月、おひとりのペースで進めていきたいと思っています。まだまだ取材したい先生が沢山、いらっしゃいます。取材のペースはあまり崩したくないと思っています。毎回、前後編にすると一年で6人しか取材できないですからね。
今回、柳先生のお父さんのこととか、本名のことなど、一部の編集者にしか知られていなかったことを書きました。
掲載誌の自分が書いたページはめったに読み返したりはしませんが、この連載はけっこう読み返しています。話の展開のパターンとか使った表現とか統一する表記の確認のためではあるのですが、読むと自分が知りたいと思っていたことが書かれてあるのでついつい読んでしまいます。自分が知りたいことだけを書いているのだから当たり前なのですけどね。その分、他の人にはどうかはわかりませんが・・・。今後も自己中心でやっていきたいと思います。
大衆小説のことはもっと突っ込みたかったのですが資料不足です。雑誌名と出版社の表記に不安があります。デビュー作は未確認。調べるのはちょっと無理かもしれません。
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第4回「ラベンダーの香り◎谷俊彦」執筆。
今回、執筆するにあたり谷先生に連絡を取ったところ、「体を悪くして入院しているんですよ」とお電話を頂いてびっくりしてしまいました。
連載に際してあまり十分な準備時間を取っていなくて、というか時間はたっぷりあったのに自分が怠慢をしていた、というか、直前にならないと始めない性格がいけないわけですが、「次回は谷俊彦先生です。お楽しみに」と告知しておきながら、実はまだ取材をしていなかったのです。一度、取材してあるし。それだけでまかなえる量はあったので、最後にプロフィールを確認するだけだと、ある意味、見切り発車だったわけです。まあ、これは次号の柳先生も同じで、『ストックを作っておかないとまずいな〜』と思いつつ、当分の間は綱渡りになりそうです。
そんなわけで、卒業された学校の名称などは未確認のままです。人物を追っていると次ぎから次に新しい事実が出てきたりして終わりがありません。不明な部分は、ある程度、不明は不明として書いてしまわないと先に進めない。そんな開き直りをしつつ、谷先生の紹介記事を書いたという次第です。不明な箇所は今後、ちゃんと調査したいと思っております。
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「SF挿絵画家の系譜」
第3回「壮大な冒険の物語◎依光隆」執筆。
依光先生には何度も取材をさせて頂いていますが、その内容はこの記事にはほとんど生かされていません。でも、今回、「記事にしなければいけないから」ということで、始めて、ご両親のお名前や家族構成、ご結婚された年と奥様のお名前をお聞きしました。こんな機会でもなければ、通常のインタビューでは聞けないことです。データを整理することを目的にしているので(今後も履歴書を読んでいるようなものになりそうですが)私にとってはとても意義があることなのです。
ちなみに、先生にご結婚された年を尋ねたとき、「わかりません」ということでした。「家内なら知っていると思うのですが」「では、奥様に聞いておいて頂けますか?」とお願いして、後日、電話をしたら「家内に聞きました。しかられました」ということで多大なご迷惑をおかけしてしまいました(苦笑)。きっとご家庭では「結婚した年を忘れるなんてなによ〜、私のこと、愛していないのね。ぷんぷん」などという会話があったのかもしれません。
冒頭のコーヒーフロートの話。先生にはお嬢さんがお二人いらっしゃいます。このエピソードはご長女の方だと思うのですが、昔、お嬢さんが小さかった時、お風呂屋さんに行ったら、そこで雑誌の編集者さんにお嬢さんが見初められて、雑誌のモデルを頼まれたそうなのです。その撮影に行くと、決まってお嬢さんは愚図るので「帰りにコーヒーフロートを飲ませてあげるから」と言ってなだめたという話が先にあるのでした。
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第2回「世界を魅了した麗しき美女◎武部本一郎」執筆。
過去に〈SFJapan〉で書いたことの焼き直しです。でも、若干ですがデータを更新しました。それが出来ただけでも私にとっては有意義なことであります。
まず、武部白鳳は四条派の画家(幸野楳嶺門下)が定説でしたが西山完瑛門下だとわかりました。
それから宇多野に家を建てた年数が28年だと特定できました。それが収穫です。
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第1回「僕らの夢、僕らの未来◎小松崎茂」執筆。
当初、「挿絵画家の系譜」がタイトルで、サブタイトルに「日本SF戦後出版美術史」と付けていました。その幻のサブタイトルの通り、昭和、しかも戦後という時代を舞台に活躍された挿絵画家の方々を紹介していきます。
第一回目は小松崎茂先生です。
何といっても戦後のSFアートは小松崎先生の時代と言えます。私に小松崎先生を語る資格はないのですが、やはり小松崎先生からスタートしないわけには行きません。
内容は小松崎先生のお弟子さんの根本圭助先生の著書、『異能の画家 小松崎茂』(1998年/光人社)と、雑誌のインタビュー記事などを引用しています。新しい情報は何もありませんが、今後もこんなスタイルで続けていきます。
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